うつは心の風邪?
近年、うつに対する情報が様々なメディアを通して頻繁に発信されるようになり、一般の人たちにも「うつ」という病気があるということが徐々に定着し始めてきています。
そんな中、高い頻度で登場する説明の中に、「うつは心の風邪です」という表現があります。
これは、「うつ」に対する偏見や恐怖心を和らげ、早期発見と早期受診を促すキャッチコピーとして役立っており、こと根性や気合いといった精神論に傾きがちな日本の風潮に対して、「うつ」を身体的な病気に近いイメージで捉えてもらうという啓蒙効果があると思われます。
また、かかる頻度の高い病気であることや、こじらせると重症化する危険があることも「うつ」が「風邪」に例えられた理由としてあげることができるでしょう。
しかし、実際の現場を覗いてみると、治療期間の長さや本人の辛さは「風邪」という表現では収まらないことも事実です!
「うつは心の風邪」というキャッチコピーには、精神科の敷居を下げ、医療機関を受診し相談しやすくなったという点ではとても有効でしたが、同時に治療イメージについての誤解と、どう捉えるべきかについての誤解を生んでしまったように考えられます。
「うつ」に限らず、精神科領域の病気が「治る」ことに対して、多くの医師は「治癒」という言葉を使わずに、「寛解」という言葉を使います。
この言葉は、remissionの訳語で、症状が緩和されて病気の勢いが治まった状態を指す言葉で、身体疾患では白血病などでよく使われている表現です。
つまり、完全に治った状態を指すのではなく、病気の症状が出ていない状態、言い換えれば、再発の危険性が残っていることを視野に入れているのです。
一般的に行われている薬物療法と休養主体の治療では、ほとんどの場合、この「寛解」が目標地点となっています。
そのため、当分の間は再発予防のために医師の指示を守り、少量の薬物療法を継続することが必要になります。
ここで、キャッチコピーを聞いて風邪と同様に跡形もなくすっきり治ると思い、治療に訪れた患者さんやそのご家族と寛解を目標として関わっている医療者側との間に治療イメージのギャップが発生しやすいという落とし穴が待っています。
また、「風邪が治る」というのは「風邪を引く前の状態に身体が戻る」ことを指しますが、それをそのままうつに当てはめると「発病前の状態に戻る」ということになりますが、これでは発症前と「生き方」や「考え方」は変化していないため、再発や再燃を引き起こしてしまう大きな要因になるのではないでしょうか?
「うつ」からの本当の脱出とは、病気になる前の元の自分に戻るのではなく、より自然体な自分に新しく生まれ変わるような深い次元での変化が不可欠なのだと考えられます。
精神保健福祉士 山口紗英
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